第5話 takaCさん

Berryz工房の単独ツアーがあるらしいじゃないですか。
もうオジさん張り切っちゃうぞ!みたいな感じです。
けどその前にベリーズ貯金がまったくないことに気付いて顔面蒼白なパヴェルです。こんばんは。
さて自分がこんなにも幼女に夢中になり、日々破廉恥な日記を垂れ流しているのは、この方にも多いに責任があると思います。
今夜ご紹介させていただくのは身内一キショい日記で有名なtakaCさんです。
Cさんと初めて会ったのは2002年の豊田スタジアムでした。
当時でぃくの掲示板に遊びに来ていたCさんをポン作さんに紹介してもらいました。
第一印象はヲタっぽくない人だなと。
金髪に近い茶髪とヒゲをたくわえた風貌がワイルドでした。
名古屋在住のCさんはすぐにちーむ倒壊のメンツと意気投合し、吉澤推しだったのにもかかわらず、メロンやら藤本やらの現場でも一緒に活動を始めました。
それはDDは伝染するという良い見本でもありました。
さて吉澤推しだったCさんもいつしか小川に流れ、またヲタ活動そのものも、遠征を頻繁に行うようになる、ハロショに常駐するwなどエスカレートしていきました。
また推しから反応を取るために労を惜しまない方らしく、サイリウムで「マコ」の字を作ったマコリウムなるものを作って、小川さんから反応を貰うのに必死だったみたいです。
そんなCさんでしたが2004年の春に異変が起こりました。
Cさんの日記を毎日拝見させていただいていたのですが、茉麻という聞き慣れない単語を使い始めたのです。
どうやらそれはBerryz工房という幼女ユニットのメンバーということでした。
正直我が目を疑いましたが、まぁネタで書いているだけなんだろうなぁと静観していたのですが、そのうち幕張のイベに行ったとか書いていて、ネタにしてはちょっと度がすぎるなと思い始めました。
それから数日後、松浦コンの現場でお会いしたときに興味本位でCさんが持っていたヤンマガを見せてもらったときに自分のヲタク人生が変わりました。
そこには巻頭グラビアでベリーズが載っていたのですが、菅谷梨沙子(10歳)があまりにも可愛くてページから目を離すことが出来ませんでした。
自分があまりにも必死にグラビアを見ているので、「よかったらあげますよ」って言われました。
そのときはさすがに返しましたが、後から後悔したのは言うまでもありません。
まぁそれ以降、実際に自分がりぃ推しだと自覚するようになるまでは、他にもきっかけがあるのですが、それはまた別の機会に譲ります。
そんなわけであの日Cさんに会い、ヤンマガを見せてもらわなければ、いやCさんが茉麻にハマることがなければ、自分はおそらくキッズに流れることはなく、今頃細々と藤本ヲタをやっているか、ヲタクそのものをやめていたかと思います。
ところでそのCさんですが、その後運命的な出会いがあったらしく、今は三好ちゃんに夢中みたいですw
Cさんを通じてキッズオタクの知り合いが出来たりしたので、これからも一緒にキッズ業界で頑張りたかったのですがいたしかたないです。
気のせいか三好ちゃんを推し始めたら、一皮向けてさらにキショく(←最大級の褒め言葉)なったので、これからもどんどん突っ走ってほしいと思います。
あ、あと少なくとも1年は推し変更せず頑張ってほしいですw